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「先代猫」の思い出

 今日で、先代猫がこの世を去ってちょうど7年になります。七回忌といえば6年目のことなので節目になるわけではありませんが、この機会に、以前にやっていたブログ『猫日記。』でUPしていた記事を再掲載したいと思います。
……長い記事になりますが、すみません。
        
 その子との出逢いは91年のことでした。
 当時の職場にいた同僚が、捨てられていた仔猫を拾ったものの、「自分の部屋では飼えない」というので、引き取ることにしたんです。その時点ではたしか2キロくらいだったんじゃないかと思います。
 最初に保護した同僚はゼットと名付けていましたが、茶トラの小さなその子がゼットというのは違和感があったので、すぐに改名しました。僕の好きな詩人の名前をとった形ですが、愛らしい気もして「チューヤ」と名付けました。今から思えば、短命の詩人の名をとったことで悔やまれる部分もありますが、やはりチューヤはチューヤで、他の名前は考えられません。

 最初に部屋に連れて来たときは、かなりビクビクしていましたが、翌朝にはもう、僕の顔を舐めたりしてきました。成猫になってからもずっと臆病な子でしたが、僕や女房になついてくれるまでに時間はかかりませんでした。
 今でもチューヤに申し訳ないと思うのは、経済事情など、いろいろな都合があって、我が家に来てから都合5回も引っ越しをさせてしまったことです。車に乗るだけでもパニックになるような神経質な子だったので、これだけでも大きな負担をかけてしまった気がします。
 よく「猫は家につく」とも言われますが、そうではなく、「人につく」んだと思います。チューヤは、女房の実家で、外に出られる形で暮らしていた時期もあったので(その時期も僕は東京でした)、その後の東京生活においても、窓に「猫ドア」を付けるようにしましたが、引っ越してから3日ほどで外に出しても、辺りを散策したあとは、ちゃんと帰ってきてくれました。
 親バカな話になりますが、チューヤはやさしくて、頭がいい子だったと思います。僕が落ち込んでいるときなどは、慰めるようにヒザの上に乗ってきてくれたものです。
 驚いたのは、僕が道を歩いていて、10メートルほど先にチューヤを発見したときのことです。チューヤもこちらに気がつきましたが、すぐには道には飛び出さず、「右を見て、左を見て」と、車を確認してから道に出て、僕のほうへと駆け寄ってきたんです。驚いたのと嬉しかったので、強く印象に残っています。
 いろんなことがあった時期に共に暮らした猫ですが、僕たちにとってはかけがえのない子だったのは間違いありません。

C01scan

 狭いマンション暮らしから、田舎暮らし、アパート暮らしと経て、少しだけ生活も落ち着き、一軒家(借り家)に引っ越しました。そこでの2年ほどの生活が、チューヤにとってはいちばん幸せだったんじゃないかと思います。
 ただ、その家の大家がローンを滞らせたことから競売物件になってしまい、再び引っ越さなければならなくなりました。そこで慌てて見つけたのが現在の家(やはり借り家。しつこいようですが「書斎」はありません)ですが、その後すぐ、チューヤは病気になってしまいました。

 首筋に小さなしこりがあることを女房が発見し、何度となく検査を繰り返しましたが、その間にもどんどん元気がなくなっていき、食欲も落ちていってしまいました。その後、リンパ腫と診断されて、抗ガン治療を始めると、一時的に容態は回復しましたが、それも短い間だけでした。やがて、歩行などにも支障が出てきて、歩こうとするだけでもパタリと倒れるようになってしまったんです。
 それでもチューヤは、ほとんど弱音を吐きませんでした。……ただ、たった一度だけ、女房が傍にいなかったとき、トイレに行こうと歩いていてパタリと倒れてしまい、僕を見上げて、「あおうん」と泣いたことがありました。
 猫は犬より我慢強いといいますが、この頃のチューヤは、本当にけなげに頑張っていました。それでも、このときだけは「どうしてボク、歩くこともできないの?」という戸惑いの気持ちが出ていたんだと思います。何度も泣いたわけではなく、ただの一声だけだったので、余計にチューヤのつらい思いが凝縮している気がしたものです。この頃、チューヤの面倒をずっと見ていた女房に対しては、そんな表情を見せてはいなかったはずです。闘病生活について書くと、長くなるのでやめておきますが、最後の1ヶ月ほどは、ほとんど歩くこともできず、炬燵で寝ているだけの状態になり、24時間体制のように女房が付き添っていました。

 チューヤが亡くなったのは2000年の2月14日のことです。
 その日は、途中で仕事を切り上げて帰宅しました。ただ、仕事の電話などがありそうだったので、事前に連絡しておこうと思い、二階の仕事部屋に行ったのですが、その作業が予想よりも長引いてしまいました。
「早く!」と女房に呼ばれ、慌てて階段を駆け下りていくと、チューヤは苦しげに痙攣していました。頑張れ、と声をかけようとしましたが、チューヤは大きく目を見開いて、僕の手に強くツメを立ててくると、そのまま息を引き取ってしまいました。女房は「あんたが傍に来るまで待っていてくれたのよ」と言いましたが、おそらくそうだったんだと思います。
 あのとき、「もっと生きたい」「もっと僕たちの傍にいたい」というように、僕の手にしがみついてきたチューヤのことは決して忘れられません。そのとき僕の手にできた傷は1年ほどで消えてしまいましたが、今でもチューヤは、僕たちの傍に居てくれるような気がしています。

 翌年、実家の母親が亡くなり、田舎には父が一人暮らしする形になったこともあり、「もう猫とは暮らせない」とも思っていましたが……、気がつけば我が家には4匹も猫がいます。
 何かあったときにはどうしよう……なんて、今から考えていても始まらないので、いざとなったら「そのときはそのとき」と、タッペイ、モモ、トラ&コタと暮らしている毎日です。

C02scan

【追記】 今日は命日なので、チューヤの遺骨をおさめている哲学堂動物霊園に行ってくる予定です。命日にはなんとか毎年行くようにしてますが、月命日は仕事の都合次第なので、行けるか行けないかは半々といった感じです。うちの女房は、この7年間、一度も休まず、月命日にもお参りしているので頭が下がります。

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コメント

こんにちは はじめまして

私は16年7ヶ月生きた猫を2005年の12月に亡くしました。
ともに生活した猫が死ぬのは悲しいですよね。何時かは、別れるときが来る事を知っていても・・・

今我が家は、猫が7匹居ます。留守の時が一番心配です。「そのときはそのとき」と言うのもよくわかります

投稿: にゃんこ | 2007年2月14日 (水) 12時55分

私は飼い猫の死に目にあっていないんですよね。

最初に飼った2匹の仔猫は、家族旅行から帰ったら車にひかれて死んでいました。遺体は近所の人が片づけてくれたそうです。

次に飼った野良猫は、自分の子供に縄張り争いで負けて家出しちゃいました。

その3匹の子のうち1匹は止まっている車に頭をぶつけて死んでしまったそうです。もう1匹は病気で死んでしまいました。いずれも私が小学校に行っている間の出来事で、親が私を悲しませまいと「家出した」と嘘をついていました。

最後に残った1匹は長生きをしてくれましたが、私が中学生のある日いきなり姿を消してしまいました。
交通事故にあったのか、雌を追いかけてどこか遠くに行ってしまったのか・・・数年はいつ帰ってきても良いようにキャットフードを常備して、あの子の居場所を確保する為に新しいペットを飼うことなく過ごしていたのですが・・・それっきりでした。

6匹のネコを飼いながら、1匹も最期を見取る事が出来なかったので・・・最後まで一緒にいられたというのは、私としては羨ましいです。

投稿: オギャン | 2007年2月14日 (水) 13時33分

涙が溢れそうになりました。
うちは、まだ6歳半を筆頭に、若いのばかりで、死に別れることを経験していません。
ただ、ビビに障害があることもあり、何度か死を覚悟する状態には、直面しています。
でも、6年経っても大切な思い出や気持ちを残してくれるって、ほんとにすごい存在ですね。
チューヤ君、いつも側で見守ってくれているのでしょう。

投稿: ぶーママ | 2007年2月14日 (水) 20時44分

チューヤちゃん、我が家のマモちゃんに似ているのでちょっとびっくりです。
私も沢山の野良さんを看取ってきましたけど、交通事故にあった1匹だけは看取ってあげることができなくて可哀想でした。
でも自分で私を呼んだのだと思います。
いつもはそんなに朝早く出かけないのにその日に限って出かけたので見つけてあげることができました。
たとえ野良さんでもいつも我が家に遊びに来ていると、家の子のように思っていましたから辛かったです。
今頃は皆、虹の橋で仲良く暮らしていると思っています。チューヤちゃんもきっと一緒でしょう。

投稿: ルナ | 2007年2月14日 (水) 23時17分

チューヤちゃん、今でも愛されていて幸せ者ですね。
月命日にも出かける奥さん素敵です。家族だものね。
我が家では猫を飼う前にうさぎを飼っていたのですが、その子の最後を思い出して涙してしまいました。
いつか知れないけど必ず訪れるその日、後悔しないように毎日を生きなければと再確認した記事でした。

投稿: mari | 2007年2月16日 (金) 00時25分

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