神尾真由子 in サントリーホール

1r0016331 昨日=6/21は、サントリーホールの「神尾真由子ヴァイオリン・リサイタル」に行ってきた。

演目は……。
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K304
プーランク:ヴァイオリン・ソナタ

――――休憩――――
シマノフスキ:神話 op.30
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調

―――アンコール――
チャイコフスキー:「懐かしい土地の想い出」~メロディ
チャイコフスキー::ワルツ・スケルツォ

今回はピアノ(ロハン・デ・シルヴァ)との二人の演奏だったので、オケ付きの協奏曲などと較べれば昂揚感の面で落ちてしまうのは否めないが、通好みの曲ばかり選んだこのラインアップのなかで、クライマックスに向けて、どんどん引き込んでいったのは、なかなか素晴らしかった(多少、演奏スピードの調整などで強引なところはあったが)。
昨年の「チャイコフスキー国際コンクール」を優勝し、NHK衛星放送でもドキュメントが放送されるなどして一躍、脚光を浴びている人だが、その技量はさすがに高かった。これで完成……というわけではないのは当然だとしても、これから「世界に羽ばたいていく才能」の第一歩的な公演に立ち会えたのは良かったと思う。
友人と「ノリ」で一気に3枚のクラシックコンサート・チケットを購入し、今回がその3公演目となったので、しばらくコンサートはお休みの予定……。でも、経済的・時間的に余裕ができれば、また何かに行きたい。

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五嶋みどり&フィラデルフィア管inサントリーホール

 昨日はサントリーホールの公演に行ってきた。クリストフ・エッシェンバッハ指揮/フィラデルフィア管弦楽団、ヴァイオリニストは五嶋みどりで、曲はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲第5番!
 実をいうと、S席35000円という個人的には歴史的大枚をはたいてしまったが、この顔ぶれが、大好きな2曲をやってくれるということで、逃したくはなかったのだ。……本当は、9000円のD席か、18000円のC席にしたかったのだが、こちらはともにアッという間に売れ切れてしまったので、悩んだ末のS席購入になっていたのだ。

20080524163052_2  で、公演はどうだったかといえば……、「しびれました」の一言。
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲では、前奏部分をオケが鳴らして、ソリストのヴァイオリンを迎えいれる形がとられるわけだが、五嶋みどりが最初の一音を奏でた瞬間、35000円は高くなかった!と判断できた。……というか、そんな金勘定の話ではなく、鳥肌が立ちそうな感動を覚え、あとは、そのやさしい音色にとろっけっぱなしになっていたのだ。演奏が終わったあとの拍手もすごいことになっていたので、この日、会場にいた客はみんな大感動していたものと見ていいだろう。
 ショスタコーヴィチの5番にしても、さすがはエッシェンバッハ、さすがフィラデルフィア管という演奏だった。この曲は、ムラヴィンスキーやバーンスタインの歴史的名演のCDを、何度聴いたかわからないほど聴いていたので、いっさいの不満がない100%の満足を得られたわけではなかったが、それでも全体としてはお見事! ねっとりと聴かせるところでは、絡みつくような音を鳴らし、戦争を想起させるようなパートでは迫力の大音響! 勝手に予想していたよりテンポも遅くなく、メリハリもよくついていた。どちらかというと、バーンスタインの演奏にも近く、フィニッシュへの向かい方などはケチのつけようがなかったものだ。
 演奏終了後には、みどりさん、エッシェンバッハにサインをもらって(みどりさんは記念撮影付き!)、それぞれの人がらに触れられたのもよかった。みどりさんという人、演奏中は鬼神のようでもあるが、普段はなんというのか、「とてつもなくいい人、ただの人」といった感じで、そのギャップにも惚れてしまったくらいだ。

  まあ……とにかく感動!
 この週末には、急ぎの仕事があるのに、公演後は飲まずにいられない感じになっていたので、ついついグラスを傾けすぎてしまい、今日は早起きして、原稿を書いている。で、その合間にこの記事をUPしているわけなのだ。
  ……来週はまた1週間、ハードなスケジュールとなることもあり、急ぎ足で書いた記事でした。

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食わず嫌いとカラヤン

 今年は「カラヤン生誕100年記念」だそうで、クラシック界はかなり賑やかだ。カラヤンといえば、商業主義のナルシスト……といったイメージもあるため、つい、食わず嫌いしているクラシックファンもいるのだろうし、僕自身も多少はその傾向は持っていた。何枚かの作品は聴いていたのだけれども、心のどこかで「その曲の個性よりもカラヤン自身の個性を大切にしている演奏」といった見方をしている部分があったのだ。

Planet  だが、なんといっても、やっぱりカラヤン! 最近、テレビの特集が組まれることも多く、カラヤンの音や映像に触れる機会は増えているが、誰より多くの録音を残したカラヤンの作品には大きなハズレがないだけでなく、どの作品においても細部まで繊細すぎるほどに気を使って、曲を構成しているのだということが改めて感じられてきた。カラヤンは「世の中には雑な演奏を残す指揮者が多すぎる」というようなことを口にして、精力的に録音活動をこなしていたそうだが、そうした意味でも、カラヤンの録音はそれぞれに、後世に残されていくべき「20世紀最上のスタンダード」のひとつといえるのだろう。
 これまで、それほど多くのカラヤン作品を聴いていなかったなかでは、まったく月並みなところで、ホルストの『組曲≪惑星≫』やベートーヴェンの『交響曲第7番』などが気に入っていた。≪惑星≫は、ジュピターでお馴染みの作品だが、これをクラシック界の名曲に押し上げたのもカラヤンであり、ウィーン・フィル盤、ベルリン・フィル盤の2枚がともに歴史的名盤にされている(僕が愛聴しているのは、惑星ブームのきっかけとなったウィーン・フィル/61年録音盤のほう)。また、≪ベト7≫についてもいろんな指揮者が名盤を残しているが、カラヤン&ベルリン・フィルの76年録音盤などは、第四楽章の疾走感が素晴らしく、何度聴いても飽きることがない。

Wagner  圧巻はワーグナーの『管弦楽曲集』! これぞカラヤン、これぞベルリン・フィルといった感じで(74年録音)、世界的なメガヒットCD『アダージョ・カラヤン』(←名曲集のようなオムニバスアルバム)以上にアダージョで濃厚な音の響きを聴かせてくれる。

 また、最近、テレビでチャイコフスキー交響曲第6番≪悲愴≫の演奏も見たが(74年、ベルリン・フィルの演奏)、≪悲愴≫といえば7枚のレコード&CDを残している曲だけにさすがに凄かった。陰鬱さとゴージャスさが同居している曲なので、カラヤンとベストマッチしているのだろう。とくに第3楽章の迫力などは他にはないもので、「さすがベルリン・フィル……」と、思わずほくそ笑んでしまったくらいだ。ベルリン・フィルといえば、世界最上級あるいは最高のオーケストラというよりも「世界最強のオケ」といったほうがピッタリくる気がするが、こうした演奏を聴けば、そんな印象はさらに強くなる。≪悲愴≫のCDでは、これまで84年ウィーン・フィル盤を聴いていて、絶品の演奏と満足していたが、ベルリン・フィル盤のほうが「This is Karajan」といったイメージには近いのかもしれない。
……これからも食わず嫌いはしないで、もう少しカラヤンを聴いていきたい。

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88歳のピアノ

 どちらかというと、個人的には弦楽器派なのだが、ピアノ作品のなかにも大好きなものはある。

Rubin  たとえば、歴史的名盤として必ず名前が挙がる一枚だが、ルービンシュタインによる『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番≪皇帝≫』(バレンボイム指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団演奏/1975年録音/BMG)は本当にすごい!
 評価の高さゆえに「どんなものか?」と思っていたが、初めて聴いてときには、“衝撃的!”といっていいほどの感動を覚えたものだ。こういう音に対してどんな形容詞を使えばいいのかは難しい。気品に溢れているのはもちろん、透明感と情感が同居している「他にはない音」が、この華麗な協奏曲にゆったりと、たゆたう。録音時にルービンシュタインは88歳だったというが、それだけの経験と年齢がこの境地を生み出したということなのだろう。
 この境地に近いのは、グレン・グールドの『バッハ:ゴールドベルク変奏曲』(55年録音盤がモノラルで、81年録音盤がステレオ。どちらも不動の評価を得ている)や、ミケランジェリの『ドビュッシー:映像第1集』(1971年録音)といったところか。ともに歴史的名盤に挙げられる作品で、音質はまったく異なるものの、それぞれに「他にはない音」が堪能できる。

Kissin  これらに近い音を期待して聴いたのが1971年生まれの“神童(←元神童?)”キーシンの『シューマン:クライスレリアーナ&バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ』(1997年録音/BMG)だった。
 クライスレリアーナはシューマンによる傑作ピアノ曲で、シャコンヌはバッハ作曲のヴァイオリン史上最高の名曲をブゾーニがピアノ用に編曲したものだ。
 曲も違えば、音のタイプもまた違うので、先に挙げた歴史的名盤とは比較しにくく、一概に「近い/遠い」とはいえないが……、シャコンヌに関していえば、「他にはない特別な音」が聴き取れた。

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チョン・キョン=ファと協奏曲

 世界のトップ・ヴァイオリニストの一人、韓国のチョン・キョン=ファのヴァイオリンは、音の響きがとてもやさしく、大好きだ。キョンファのアルバムは何枚も持っているが、これまで聴いていなかったのが、ヴィヴァルディの『協奏曲集≪四季≫』だった。
1chungfourseasons  だが、クラシックを特集した『一個人 4月号』のなかの企画「不滅の名盤 ザ・BEST100」の協奏曲部門において、この≪四季≫が第1位に選ばれていたこともあり、今回、購入してみた(このアルバムは、EMI CLASSICSが最近出している「BEST100」シリーズに入っているため、どこのレコード店でも購入しやすくなっている)。
 演奏は「さすがキョンファ!」という感じで、格調が高く流麗な美音が存分に楽しめた。とくに「秋」の第二楽章(アダージョ・モルト)などは、かなり僕好みの演奏になっていた。
 ただ、これまで手にとっていなかった理由のひとつでもあるが、「春」の“有名すぎるフレーズ”から曲が始まると、やっぱり素直に曲を愉しむことができなくなってしまう。これは≪四季≫に限ったことではなく、ポピュラーソングのように“消費されすぎているメロディ”は、それを耳にしたときに気恥ずかしさのようなものが生まれて、どうしても純粋に演奏の魅力は味わえなくなってしまう。

2chungtchaikov  そうした意味も含めて、キョンファ作品のなかでは、チャイコフスキーやサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲のほうが僕は好きだ。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のメロディにしてもかなり有名なものだが、それを差し引いても、うっとりと聴き惚れることができる、とろける演奏になっている(写真のチャイコフスキー盤は、お馴染みメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とのカップリングで、DECCAが発売しているもの。別アルバムになるが、サン=サーンスの協奏曲第3番も同様に素晴らしい!)。

 ……『一個人 4月号』の協奏曲部門で第2位に選ばれていたモーツァルト『クラリネット協奏曲』(クラリネット=プリンツ/指揮=ベーム/演奏=ウィーンフィル)は、たしかに絶品! 管楽器ならではの美しい音が幸せな気分を運んできてくれる。このランキング、全体としてちょっとひねりすぎだとはは思うのだけれども。

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ヒラリー・ハーンin横浜

 昨日(3月16日)、ヒラリー・ハーンを観るために、横浜みなとみらいホールへ初めて行ってきた。正確にいえば、「ジャナンドレア・ノセダ指揮/BBCフィルハーモニック管弦楽団」によるコンサートなのだが、客の大半はハーンをお目当てにしていたものと予想される。17歳でCDデビューした頃のハーンは「天才美少女」と言われたものだが、現在はすでに押しも押されぬ世界のトップソリスト。本当の意味で最高の演奏を聴かしてくれるのはこれからだろうが、そうした期待も含めて、「今、世界で最も旬なヴァイオリニスト」ではないかと思う。
 ↓ハーンのアーティストサイトはこちら。
http://www.universal-music.co.jp/classics/artist/hilary_hahn/index.html

 さて、この日のプログラムは……。
 グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
     ――休憩――
 ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント
 チャイコフスキー:幻想的序曲「ロメオとジュリエット」

 で、ハーンが登場するのは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲のみとなる。

 座席の関係上、ハーンが指揮者ノセダの死角に入ってしまい(前から3列目だが、ステージに向かって右端の位置=C3列36番)、その表情とアクションがちらちらとしか見られなかったのは残念きわまりなかったけれども、演奏そのものはとにかく素晴らしかった。この曲については、最近出たばかりのCDで聴き込んでいたのだが、CDとはまた趣きが違うソフトで美しい音色によって剛と柔を巧みに弾き分ける演奏は、この曲にぴったりで、「凄演」と評しても言い過ぎではなかったはずだ。

1r0016061_2  また、嬉しかったのは、この曲が終わったあと、ハーンが「バッハのラルゴです」という“日本語”を口にして(←「お前は、ミック・ジャガーか!?」と突っ込みたくなるほど、キュートな日本語だった)、無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番第3曲のラルゴをアンコールとしてソロ演奏してくれたこと。
 個人的にバッハ好きなので、選曲にも感動したが、何より素晴らしかったのは、“ノセダさん”がいなくなってくれたことだった! 協奏曲にくらべれば、落ち着いた演奏ぶりだったが、何の障害もなくハーンの姿を見ながらこの名曲を聴けたのだから幸せだった。一緒に行った知人にしても、休憩時には「あれほどマエストロの存在が呪わしかったことはない」「いなくなったときの幸せはなかった」と言っていたくらいなので、その感動は大きかったのである。
 そして、もうひとつの感動は、休憩時間と終演後の2度、ロビーでハーンのサイン会が開かれたことだ。限られた時間の中で、長蛇の列が並んでいたので、握手を求めるのも躊躇され、実際にそうはしなかったが、CDにサインをもらって「サンキュー」と言うと、にこりと笑ってくれたその表情からは、性格も最高なのだろうな、と窺われたものだった。

 さて、ノセダとBBCフィルはどうだったかといえば、馴染みのない曲が多かったため、評価がしづらい部分もなくはなかった。
 実際に、最初の「ルスランとリュドミラ」序曲を聴いていたうちは、特別な可もなく不可もないオケかな、と思っていたが……、そんな評価が大きく変わったのは、最後の曲、幻想的序曲「ロメオとジュリエット」を聴いたときだった(実際はアンコールのグリーグ「過ぎにし春」がラストの曲)。
 この曲については、この日の予習のため、カラヤン指揮・ベルリンフィル演奏のCDを聴き込んでいたが、「ナマの分の優位さ」を差し引いても、カラヤンに見劣りする演奏ではなかったと思う。というよりもむしろ、個人的にはノセダとBBCフィルに軍配を上げたくなるほどだったのだ。
 クラシックを聴いていると、「落ちる瞬間」というものがある。最初に聴いたときには、ほとんど感動がなかったのに、何度か聴いているうち、あるいは何週間とか何カ月とかあけて久しぶりに聴いたときに、すっと落ちて、「どうしてこの曲やこの演奏をこれまですごいと思わなかったのだろう!?」と不思議になることがあるものなのだ。そしてこの幻想的序曲「ロメオとジュリエット」については(一般によく知られる「ロメオとジュリエット」はプロコフィエフの作曲)、最初にカラヤンのCDで聴いたとき、パッとしない曲という印象を持ち、聴き返しているうちに、少しずつ落ちかけていたのだが、このコンサートによって完全に落ちた。
 今回のツアーでは、公演によっては、「ベト7」やチャイコフスキーの「悲愴」が演奏されているので、そちらのプログラムのほうが良かったな、という羨ましさを持っていたが、これはこれで良かったと思う。ハーンのシベリウスが抜けて良かったとはいっても、全体としてとても満足のできるコンサートだったのだ。

20080316202746  なお、帰りは横浜中華街のニーハオという店で紹興酒三昧! この店は知人に教えてもらっていたところだが(http://r.tabelog.com/kanagawa/rstdtl/14001167/)、“いかにも路地裏な店”といった風情で、小汚い感じがしながらも、何を食べてもうまかった。「こんな汚い店によく……」というほど(失礼)、壁一面に有名人のサインが貼られていたが、そのなかにはなんと、小澤征爾の写真もあったのだ。だったら、「ハーンも来たりして」と期待しながら、紹興酒を飲んでいたのだが……、当然、彼女は来なかった。

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